寒さが厳しくなってきました。
芸術の季節です。
劇場へ、コンサートホールへ、どうぞ足をお運び下さいませ。
足を運んだ、で、じゃあ帰りの足は?
今回は、足、のお話。
よくこういうお話を聞きます。
欧米では開演が遅く、夜8時や8時半ごろからオペラやコンサート、お芝居やミュージカルなどが上演される。そして10時半過ぎに終演してもレストランやバーが開いていて、観劇の余韻を楽しむことも出来る。
だから働いている大人が劇場に足を運ぶ事が出来て、結果として大人の文化が成熟していく。
日本のように開演時間が早いと行きたくても行かれないのだ、だからもっと開演時間を遅くしたい、だから劇場は10時閉館ではなく11時、あるいは閉館時間を設けない方がいい、ということだそうです。
なんか話の順序が間違ってませんかね?
10時半すぎに終演したとしましょう。そこから家に帰るのにどのくらいかかります?1時間?1時間半?
家に着いたらもう次の日になってますね。明日は何時に起床して何時に出勤するんですか?6時?
忘れてませんか?東京は、その規模だけ見れば世界一の大都市だってことを。
パリだってロンドンだって山手線の内側に全部収まってしまいます。山手線の外側に住宅地が広がっているような状態です。
その規模なら銀座で10時半に終演しても新宿まで電車で20分、そこに家があるという距離、街の規模としてそういう開演時間と終演時間の設定が可能でしょう。
現在東京のベッドタウンは埼玉県、神奈川県、千葉県に広がっています。群馬県から通っていらっしゃる方々も大勢いらっしゃいます。片道1時間45分、一日に3時間以上を通勤と帰宅の電車の中で過ごしている方はものすごい数になります。
どう考えたって無理でしょう。
東京に負けず劣らず規模の大きいニューヨークは?
公共交通機関が終夜運転をしています。東京のように終電という言葉がありません。これだったら安心して夜更かしが出来ます。
お分かりでしょうか。現在の東京の劇場では、開演時間を遅くすることが不可能なのです。
いや、お客様の帰りの足のことを心配などしなければ、現在でもいくらだって開演時間を遅くすることは出来ます。でも、それではお客様は劇場へ来ては下さいません。
今更東京の都市としての規模を小さくするわけにもいかず、あとは、現在より高速な、終電というもののない公共交通機関を用意するしかないのです。
劇場を考えるということは、都市を考えるということです。
それはとりもなおさず、人を見つめるということにほかならないのです。
劇場のキャパシティは、歴史の中で、都市人口に比例して大きくなっていきました。
大きくなるにつれて、その都市の中心から、住人はいなくなっていきます。
その住人不在の中心部が広がれば広がるほど、住宅地域と都心の距離が離れ、住宅地域はただ寝に帰る場所でしかなくなります。そうすると今度は、住宅地域の文化不毛が問題になってきます。
そこに住んでいながら、そこに住民票を置いていながら、地域に馴染まず、地域の行事や文化に触れようともしない、したくてもそんな時間が取れない。
それが現在の状況です。
演劇の生まれたギリシャの時代、演劇は都市の祝祭でありました。
現在、都市に祝祭はいらないと言い切る演劇人さえ出てきています。
祝祭とは人が、人であることを思い出し、命を感じ、血を感じる、人が生き物であることを再確認する文化と言うことが出来ましょう。
ところがどうです。東京の都心の中で、祭りの神輿が、道路の1車線をあけてもらい、警察官とパイロンにガードされながら、しおしおと申し訳なさそうに景気の悪い太鼓の音をションボリ響かせてダラダラと進んでいくのをご覧になったことがあるでしょう。
私はあれを見るたび、祝祭の葬列のように見えてならないのです。
そのたび、激しく胸が痛むのです。
都市に祝祭を取り戻したい。
そうすることで都市にもう一度血が通い始める。
どこから手を付けたらいいのか途方に暮れますが、まずは、劇場の開演時間にいちゃもんをつけるという順不同なことをする前に、鉄道の終電をなくして常時終日運転を行うという都市整備から始めるべきではないかと思うのです。
おっといかん、終電に遅れる。じゃまた来月。