
歌舞伎俳優の市川猿之助丈は、今から約15年前、私がまだ新橋演舞場の常駐オペレータを勤めていたころ、その新橋演舞場にて「スーパー歌舞伎ヤマトタケル」を上演なさっていらっしゃいました。 これは社会現象にもなった大ヒット作で、スーパー歌舞伎というシリーズは、その後もリュウオー、オグリ、三国志等さまざまな作品が現在まで続いています。 その、ヤマトタケルの上演中に、市川猿之助丈は、そのスーパー歌舞伎というジャンルについて、こういうお話をなさっていらっしゃいました。 なるほどなぁ、うまいことをいうものだなぁと、当時駆け出しの洟垂れだった私は感心してしまって聴いていました。 さて。年月は過ぎ、いつしか自分が演出家や出演者や音楽監督や振り付けの先生の年齢と並び、あるいは追い抜き始めてきた昨今。 とある若手の劇団に頼まれて音響を引き受けまして、稽古場に出かけていった時のこと。 が、休憩時間に、出されたコーヒーを皆で飲みながら「ところで歌舞伎とか能とか、見たりするの?見に行ったことはある?」と聞くと、 伝統文化に若者が寄りつかないのは何もこの国だけの問題ではなく世界中が同じ状態です。イタリアへ声楽の留学に行っている友人が、現地のクラシック関係者に「ヨーロッパでクラシックを聴きに行くのは年寄りとアメリカ人と日本人だけだ。若者は見向きもしない。」と言われたそうで、日本人の若者が歌舞伎や能を見に行かないのも不思議ではありません。 が、稽古が再開して、クライマックスのシーン。 この連載の99年7月号でも触れましたが、歌舞伎がヨーロッパに紹介され、そのリアリティを無視・デフォルメすることで見る人の心情にリアリティを与える方式が、リアリズムの限界にぶつかっていたヨーロッパ文化に影響を与え、歌舞伎の「見得」がジャン・コクトーやエイゼンシュテインらによって映画のストップモーションに取り入れられた話を彼らに聞かせ、 一同シュンとして稽古場が静まり返ってしまい、その後私もその劇団とはそれ限りの付き合いになり、以降の活動の噂も聞きませんでしたが、先日、自然消滅的に解散した話を聞きました。 劇団はあぶくのように山ほど生まれては消えていきます。冷たいようですがいちいち感傷に浸ってはいられません。本当に才能があるのは一握りです。消えるなら早いほうが本人達のためです。 でもそれは、昔のものを学ぶ中に、新しいヒントが隠されていることが多く、むしろ楽しいことです。 |