
昨年の秋のことです。 この頃は、このエッセイを、私のサイトに掲載しているバックナンバーを読んでお知りになる方が増えてきて、そういう方からメールをよく頂戴します。 そういう時にはこの「放送技術」という誌名と、兼六館出版という社名を教えて、「最新号のエッセイが読めるから書店で申し込んでね」と、甚だ微力ながら売り上げ貢献の真似事なぞを致したりしておるのですが。 その時のメールは、「こんにちは。私は現在ロンドンに在住している日本人です。」おや、ロンドンでは放送技術は買って読んで貰えないな。 当日、東京は初めてでどこも分からないというので新宿のアルタ前を指定すると、そこも初めてだとのこと。こちらはサイトで顔を晒しているので、むこうで私を見つけてもらうしかないのですが、せめて目印に薔薇の花でもくわえていようかとか、くだらない事を言いながら、このエッセイにも度々登場している、弟子の白石を連れて、ようやく出会うことが出来ました。 聞けば、音響を専攻しているのではなく、演出の勉強でイギリスへ留学しているとのこと。「石丸さんの話は、音響以外の人間にも、なるほどと思わせたり気付かされたりすることが沢山あります」と言われましたが、有り難いことです。私の仕事仲間で、ご同業の音響さんと、同じくらいかそれ以上に、照明や舞台や出演者が多いのも、そのせいかも知れません。 私の弟子達にも、「いい音を作ろうと思うな。いいイベント、いい公演、いい時間をみんなと作ろうと思え」とよく言います。逆説的な言い方で、ご同業の方には「ん?」と眉をひそめられる言い方かも知れません。が実際、現場においては、音響さんが舞台さんや照明さんと打ち解けず、音響さんだけ浮いてしまっていて、その中でひたすら自分たちの求める「いい音」を追及する作業に入ってしまっていて、「な〜んか音響さんが勝手にやってるぜ」とシラけられている、という光景が時々見受けられます。 音響は演出です。視覚演出においては照明が舞台美術と密接につながって演出家と相談をし、聴覚演出においては音響が出演者と密接につながって演出家と相談をして作り上げていきます。視覚演出と聴覚演出の両方に立つのが演出家で、通常は演出家は照明と音響に任せるものは任せてしまって、トータル的な演出に専念なさいます。 すべてがピタリと歯車が噛みあって全体が動き始めますから、自分のところだけ見ていて自分のところだけ全力で回しても回りの歯車との間に軋みが生じるだけです。これは綺麗事のように聞こえるかも知れませんが、実際に体験してみるとよくお分かりいただけます。ピシッと歯車が合って動き始めたときは、その瞬間、その場の空気が変わります。「ああ、この事を言っていたのか」とハッキリと理解していただける位、空気が一変しますので、別に私は今綺麗事や理想論をツルツルと舌を滑らせているのでも何でもなく、淡々と事実のみを述べているに過ぎません。 さて、件の留学生の方とはとても楽しい時間を過ごし、ロンドンに持っていって貰おうと、丁度年末に発刊されたばかりの、「プロ音響データブック/三訂版」(リットーミュージック発売、他社の本の紹介ですみません)をプレゼントしました。これは日本音響家協会が編纂している本で、私も共同編集/執筆の末席に名を連ねさせていただいているものですが、音響に限らず、他のジャンルの方でも、また別にプロやプロを目指している訳ではない方、お芝居を見に行くのが好き、という方でも、読んでいて「楽しい」本です。 つくづくこの仕事は、一人で頑張っても何一つ成せないと思い知ります。そう思い知って、何かを成そうと肩肘張るのをやめ、いろんな人と知り合ってうまく楽しくやっていきたい、そう思った途端に一気に人の輪が広がります。今回は遠くロンドンから来ました。 |