|
構想3年制作1年・5+1サラウンド立体音響作品DVDオーディオ
「Keen」完成!
そう、私達は、空間の中に生きています。 この空間にはそもそも上も下も右も左も前も後ろもありません。 人間が、立つ。立つことで空間の中に自分で縦軸を作る。 そしてその身体の左右に、たまたま耳がついていた。 これ耳が顔の前後についていたら、話は全然違ってたでしょうねぇ。 人間が、こういう姿をしていて、これは今更変えられませんから、 空間の中に生きていて、空間の中でこういう風に音を聞いている。 それを、映画なら映画の作品の中の世界の空間を、 演劇なら演劇の作品の中の世界の空間を、 イメージして、音で、空間を生み出して、作品の世界の中の空間にいるように感じさせてあげる。 これを、便宜上、立体音響、と呼んでいるのです。 サラウンドだのなんだの、それは、具現化するための数ある手段の中の一つにすぎません。 そもそも日本人は、音に対して非常に豊かな感性を持った民族でした。 かつてこの国は、静かで美しい国でした。 有名な芭蕉の句があります。 静けさや 岩にしみ入る 蝉の声 静寂を感じるのに、一つ音を用意する。それは、どこから聞こえてきているんでしょう。 前でしょうか、後ろでしょうか、上の方でしょうか。遠くでしょうか、近くでしょうか。 この、距離感、というものも、立体音響のイメージには、ものすごく重要なものです。 方向と、距離の表現。空間を表現する際のキーワードです。 たとえモノラルでも、距離感を表現し、音が遠くなるにあわせて音質が変われば、 聴く人はそこに空間を感じます。 山ほどスピーカを用意したって、ただベタONの音をフェードアウトさせても空間は表現できません。 先程申しましたように、作り手側が、空間のイメージをもっているか。 それをどこまで具現化できるようになったのか、ハードウェアとのコラボレーションが立体音響演出と技術の出会いです。 そうやって、空間が表現できると、聞き手は、おや?と 耳をそばだてます。 耳をそばだてる。美しい言葉ですね。 音に対して豊かな感性を持った日本人の生み出した言葉です。 でも最近、この言葉をあまり聴かなくなりました。 テレビの音が、コンサートの音が、駅や街中の音が、うるさい。 そういう声を、よく聴きます。 静かで美しい国は、どこへいったんでしょう。 音に方向や距離感を持たせると、聴く人は、おや?と耳をそばだてます。 そうすると、大きな音を出さなくても、聴いて貰えるんです。 立体音響化することで、トータルの音量を、押さえる事が出来るんです。 立体音響の副産物です。 立体音響とは、空間をイメージすること。 誰のために、何のためにイメージするんでしょう? お客様のためですね。 それが、演出です。 音響は演出です。演出のされていない音響は音響ではなく、ただの音です。 演出とは思いやりです。 音響とは、音で人を思いやることです。 音は人を幸せにできます。 音で人が殺されることもあります。 実際に命が奪われなくても肉体に大きなダメージを与えたり、心が死んでしまうことは幾らでもあります。 私たち、音を扱い、音を操る立場の人間は、その影響力の大きさに常に畏れを抱くべきです。 そして願わくば、自分の出す音で 一人でも幸せになったり、いい気持ちになったり、楽しくなったりしてほしい。 これが音響の 始まりであり、全てであります。 アルファでありオメガであります。 今日この会場には、音響の専門でない、一般の方々にもおいでいただいております。 どうぞ、難しいことは分からないまんまで大丈夫ですから、楽しんでいって下さい。 そして、世の中には、音響家と名乗る人達が、音を通じて、少しでも人が幸せになれるように、毎日がんばってるんだなということを、憶えておいて下さい。 音は、空気の振動であり、人の、鼓膜をふるわせます。 しかし、一旦、音響家の、音響家と名乗る人間の手を通った音は、 鼓膜をふるわせるんじゃありません。 人の、こころを、ふるわせるんです。 演劇における立体音響、とは何でしょう? 演劇というのは、電気のない時代、大昔から行われていた芸術です。 じゃあ電気のない時代は音響がなかったのか、というと、そんなことは全くありません。 笛や太鼓を使って、自然の音や虫や鳥の声などを表現していました。 ところで劇場というのは、舞台があって、客席があって、それぞれ全く別の空間なんでしょうか? 劇場というのは、舞台の一番奥から、客席の一番後ろまでが一つの空間という考え方です。 歌舞伎の劇場でもお分かりのように、花道があって、客席の一番後ろから役者が登場する、 この空間全体を一つの世界として作り上げられていきます。 そうすると当然、その世界の中の音も、この空間全体を使って考える、ということが必要になってきます。 これについては面白い話がありまして、 江戸時代の芝居小屋ですが、当時、鉄砲の音は、竹を二つ、パン、パンと打ち鳴らして鉄砲の音、ということにしていたんだそうです。 それをあるとき、もっとリアルにできないものだろうかと考えた人がいまして、竹の筒に紙を貼り、反対側からポン!と打って鳴らす。 これを、舞台袖と客席の後ろで打ちあって、合戦の場面でやったそうです。 当然かなりリアルに聞こえて、大好評だったそうですが、奉行所から、「リアルすぎる」ということで、その演出は差し止めになったそうです。 また、舞台設定が、山深いところだ、ということになると、幕開きで、鼓打ちが二人、一人は下手の舞台の奥に、もう一人は客席の上手の後ろに立ちまして、舞台奥の鼓がポン、ポンと打ちますと、応えるように客席の後ろの鼓がポン、ポンと打つ。これで、コダマだということで、ここは山深いところですよ、という表現をしたそうです。 このように、電気のない時代の舞台の人達も、空間を演出するために、音を立体に聞かせるためのいろんな工夫をしていたんだな、ということをお分かりいただきたいと思います。 劇場では、電気のない時代からこうして、工夫をして、空間全体が一つの世界だ、として、音の演出が行われてきたのです。 そうすると?舞台音響は?つまり、舞台音響とは、立体音響そのものだ、ということになるんですねぇ。 舞台音響において、立体音響とは、別に真新しい技術でも何でもなくて、電気のない時代から当たり前のように行われてきたこと、立体音響とは、舞台音響そのもの、といえるでしょう。 そして、立体音響は、技術ではなく、考え方、工夫、どうやったらもっと面白くなるだろうか、という、音の、演出のことだ、ということを、お分かりいただけると思います。 さて、時代はずっと下りまして、世の中に電気が登場しました。 舞台の世界にも、電気音響が登場してきます。 そうすると、私達の先人、電気を使用した舞台音響の先輩方達は、音の出ているスピーカをそのまま移動させる、例えば持って歩いたりして、そのスピーカから赤ん坊などの効果音を出す、といった音像移動の工夫を始めました。 音の出ているスピーカを持って歩いてしまう。音の密度が最も濃い、一番原始的ですが一番効果的な音像移動です。 これは立派な、素晴らしい立体音響です。 ただ、ここで問題が出てきます。全部の音を、スピーカを持って移動させることは出来ません。 空中を飛んでいく音も舞台の世界ではたくさんあります。 例えば、舞台の世界、それも時代劇などではよく登場する、ウグイスの谷渡り、という効果音です。ウグイスが、舞台の下手の奥で鳴いて、それから客席の後ろへ飛んでいく。これに春の美しい山々の舞台背景があったら、ほんとにうっとりしてしまう、舞台美術と俳優と音響効果が正に一体となって一幅の絵となる瞬間。 素晴らしい世界が、この空間全体に出来上がります。 でもまさか、このために音響さんが一つのスピーカを持って空を飛ぶわけにはいきませんね。 そこで劇場では、一つのスピーカを持って音響さんが空を飛ぶ代わりに、舞台の中や客席のいろんなところにスピーカをあらかじめ設備しておいて、そのスピーカからスピーカへ音を移動させていくオペレートを、調整卓を使って行うようになりました。 でも、ここで調整卓を思い出してみて下さい。 大半の調整卓は、出力セレクトがボタンのスイッチになっています。 そういう調整卓だと、音を移動させようとすると、スピーカからスピーカへ、音が、パタン、パタンと、移動してしまいます。 そこで私達の先人は、出力セレクトがフェーダーになっていて、スピーカからスピーカへ、音が滑らかに移動できるような、特別な調整卓を開発しました。 出力セレクトがフェーダーであることによってこのようになめらかになります。 これが、アナログの時代の、効果卓と呼ばれた、舞台音響独特の調整卓です。 このように、立体音響は、まず演出が先にあり、その演出を現実のものにするために、新しい機械が開発される、という順番を経てきました。 これはとても大切なことで、舞台に携わっている音響さんが、常に立体の空間をイメージし、それを具現化するために、新しい機械の開発を訴えていくということを、現代においても行っていかなければならないことです。 それは江戸時代、竹の筒に紙を貼った人と、同じことなのです。 でも、ここで、アナログの限界、問題が出てきます。 今までの技術のままでは、音は、スピーカからスピーカへ、スピーカに音が張り付くようにして移動します。 ところが、スピーカは、空中に浮かんでいることが出来ません。 スピーカのないところを、音を移動させることは、アナログの時代では不可能だったのです。 スピーカのない、客席の中を音が移動していくということは、アナログでは不可能な次の時代の、立体音響の演出の夢でした。 さあ、そしていよいよデジタルの時代がやってきます。 音が客席の真ん中を通っていくようになる時がきました。 従来のアナログの技術では不可能だった、デジタルの立体音響技術によって得られる臨場感。 この新しい技術は、一つの音を、空間の中で線の移動を自由にさせることが出来るだけではありません。音素材に空間の設定をを与えてやるだけで、特に難しいことをしなくても音質そのものが変わり、それだけで臨場感が増しています。音質は音の移動に合わせて変化しています。これも新しいデジタルの技術です。 この技術は、映画の立体音響と同じ、5+1のシステムと同じものです。 これまでは、劇場の客席側には、無数のウォールスピーカを設備し、その数の多さ、一つ当たりのスピーカの大きさ、音質の良さによって、客席側の音像移動の演出の善し悪しが決まってきました。 この新しい技術の場合、スピーカの数は多くする必要はありませんが、客席の後ろに、L、センター、Rと、3箇所に、できればプロセニアムスピーカと同じくらいの大きさのスピーカが壁の中に設備されていることが望ましいです。 それによってその設備は、映画の上映にもそのまま対応できるようになりますから、ホールの利用範囲も広がります。 もちろんお断りしておきますが、これはまだ実験がここまで進んできたという途中の段階の御報告でありますので、これが絶対に正しいとか、これからはこれだ!とか、そういうことではございませんので、そこのところは誤解のないようあらかじめ御了承下さい。 もちろん技術そのものも、まだまだ発展の途上ですし、私達の演出のイメージも、まだまだ現状に満足はしていません。 今後の技術の進歩を期待したい、そんなふうに考えています。 それはやはり、私達の先人がそうなさってきたように、演出からニーズをあげていって技術の進歩をあるべき方向に求めていく。そのためには、まず音響を担当する私達が、イメージを持つ。 お芝居の世界の空間を想像し、空間を作り上げていく。 イメージという意味の想像、クリエイトという意味の創造。音は同じですが二つの意味を持つ「そうぞう」という作業が、これからの舞台音響には、もっともっと大切なことになっていくのだろうと思います。
|
Copyright Lunadfuego. All right reserved. E-mail : info@lunadfuego.com