舞台音響家の仕事

はじめに

音響とは、照明と共に、演出と三位一体を成す、聴覚に働きかける効果である。この中には、建築音響、響きの効果、生の音による効果等があり、電気音響はそれらと並ぶ1手段にすぎない。

これら手段、技術、知識は、一重に聴覚効果演出を具現化するためのものであり、つまり音響の中に演出や技術が役割分担されているのではなく、音響が演出そのものなのである。

演出のない音響は音響ではない。それはただの音である。何らかの意図があって音が出され、何らかの演出、目的があって音が消される。

舞台音響家は聴覚効果の演出家である。それが次項より述べるどんな業種に就いていようとも、これがアルファでありオメガである。すべての技術、知識、経験は、演出が優先され、それ無しには存在の意味を失うのである。

よって、音響担当者、音響技術者、音響管理責任者、エンジニア、オペレーター、デザイナーと呼ばれる人達はまず、聴覚の演出家としての要素、演出の感性が求められる。これなしにこれらの業種は成り立たない。

これを踏まえた上で、次項より、舞台音響家の仕事について、具体的に説明をしていく。

1 舞台音響家の分類

 舞台音響家には、大きく分けて次の3種類がある。

1 サウンドデザイナー(プランナー)

2 オペレーター

3 エンジニア

 従来は、音響家の成長の過程として、2、1と段階を踏んでいくコースと、3を専門に従事するコースに分けられていた。しかしそれは、3のエンジニアというジャンルが、今までは殆どが劇場の常駐技術者を指し、劇場の殆どが貸しホールの運営形態を取っていた為、常駐の技術者が公演のプランやオペレートを行う機会が無かったからである。 今後は、劇場の運営形態が「単なる貸しホール」から「自主公演の企画、上演」そして「出演者やスタッフの育成の場」へと発展的変化をする必要を求められており、それに合わせて劇場技術者も、必要に応じて、プランナー、オペレーター、エンジニアを勤めなければならなくなってくる。特にオペラの公演が注目されている現在、オペラは劇場の持つ響きの特性と切っても切れないものであり、その「劇場の響き」は外来の音響家がいきなりやってきて把握しきれるものではなく、どうしても、劇場の音響家との協調作業、もしくは劇場の音響家によるプラン、オペレートが不可欠になってくる。

その際、劇場の音響家に求められるのは、「アーテイステイックな感性」「演劇的感性」である。

2 デザイナー(プランナー)の仕事

 通常、プランナーというと、公演の台本を元に、選曲、作曲家への発注、効果音のプランニングと作成、といったような仕事であると思われているが、これはデザイナーとしては一部分でしかない。つまりプランナーとは狭義の意味でのデザインであり、プランニングとは、デザイナーの仕事の1部分でしかない。

デザイナーの責任は、オペレーターやエンジニアの人選にも及び、劇場に行ってからは、劇場の響きを常駐のエンジニアに伺いながら、その響きと自分のプランとの兼ね合いをつけていく。極端な話、劇場に行って客席で出演者の声を聞いて、「この響きならば、音響は一切何もしない。すべて生でいこう」とデザイナーが決断したとしたら、それは「音響の仕事は無し」ということではなく、それが立派なプランなのである。

そして千秋楽まで、自分の元で働いてくれるスタッフや、出演者、他のセクションの人達との関係がスムースになされるよう、心配りをするのもデザイナーの重要な仕事である。

3 オペレーターの仕事

 オペレーターは、デザイナーについて、実際に稽古場での音出しを行うところから始まって、劇場に入ってからの舞台稽古、そして本番と、本番のオペレートを行う。

デザイナーのプランの意図を理解し、オペレートの最中は、デザイナーの意図する演出、その場の情景、登場人物の心情に自分の気持ちをシンクロさせ、機械を使って、音に演技をさせる。もしくは、機械を使って、音を通してオペレーターが演技をする、芝居をすると言い替えてもいいかもしれない。その意味ではオペレーターはプレイヤーと呼ばれるべきであり、ある意味で舞台音響の仕事の中では最もアーティスティックな日々を送る業種である。それだけに、使用する機械に一番うるさく注文をつけるのも、このオペレーターである。これは至極当然のことで、例えば出演者は自分の出番が終われば楽屋に帰って休憩できるが、音響オペレーターは開幕からエンディングまで、いわば、出ずっぱりで演技をし続けているようなものだからで、全身が神経の塊の様になっている。本番中、腕にまとわりつく袖が気になるといってシャツをまくり上げ、腕時計の感触が煩わしいと言ってはずしてしまう。電話が鳴ろうと上司が声をかけようと一切無視しても許されるのである。「本番中のオペレーターに声をかける方が現場を知らなすぎる」ということになるのである。そのくらいナーバスな業種であるから、いきおい機械にも、自分が舞台に集中出来るよう、操作性に最も注文が殺到する。オペレーターは、不安要素を極力排除することで「舞台に集中する」「ミスをなくす」という、2つの相反する目的を達しようとするのである。

音響のオペレーターは、非常にメンタルな仕事である。これは、よく言われるところの、「演出家、照明、音響は三位一体である。そして照明は舞台に、音響は俳優に密接に関係している」ということばによく表わされている。音響のオペレーターは俳優によっては指名をされることもある。人が変わると音が変わるのでおちおち休日もとれない。代役が効かないこともあるので、健康管理も厳しくなる。オペレーターは、舞台音響の中で、最前線の仕事であるといえる。

4 エンジニアの仕事

 オペレーターが、舞台の上の世界の音を操る仕事だとするならば、エンジニア(特に劇場の常駐の)は、その劇場の響きを司る仕事である。

 屋外での公演や、ポップス、ロックのコンサートでない限り、公演中の音は、スピーカーから、もしくは出演者の声や楽器、生効果音から発せられ、それがホールの中で響き、直接音と相まってお客様の耳に届く。その響きを管理、調整するのが劇場常駐のエンジニアの重要な仕事である。

 デザイナーの作るプランに響きや音像定位、音像移動は今後不可欠である。しかしこれは外来の立場では、把握しきることも計算に入れてプランを立てることもできない。そこで、デザイナーとエンジニアの協調作業が求められてくるのである。

 デザイナーが外来からやって来る場合、劇場のエンジニアはデザイナーの考える演出に口をはさむべきではない。しかし、デザイナーの求めるサウンドデザインの実現のためのテクニカルアドバイスを行うことは、劇場エンジニアの義務である。

 例えばデザイナーが、ウォールスピーカーを使用して効果音の音像移動を行うというプランを持ってきたとする。その時に「こんなイメージで音が回ってくれるといいのだが」という要望に、「それなら何番目と何番目のウォールスピーカーを使いましょう」といった具合に、先方のイメージを自分の劇場で具現化するという作業である。

 現場ではよく、「何番目と何番目のウォールスピーカーを使わせてくれ」といった要望が外来からきたりするが、その時に「どんなイメージで音を回したいのか」ということを逆にこちらから聞き、相手の要望によっては、「それではこちらの方があなたの言うイメージに合うと思います。聞いてみてください。」というコミュニケーションをとるのである。

 また最近では、劇場にコンピューター制御の調整卓が納められている所が増えてきたが、これは従来の「劇場の技術管理スタッフは、器材の管理保全の上、利用者に貸し出すのが業務である」という枠組みではもはや収まり切れなくなってきている。

 なぜなら、従来の器材であれば、それが正常に作動するよう管理保全されていれば、外来の利用者はまず何の説明も受けずにすぐに自分の目的に合わせて使用できるものであったが、コンピューター制御の調整卓は、その殆どが量産型ではなく、それぞれ個別の劇場のオリジナルであって、外来の利用者が劇場のエンジニアに「これが調整卓です。作動は正常に管理保全してあります。では御自由にお使い下さい。」と言われたところで何一つできるものではないからである。しかし実情はそのように運営されている劇場、ホールが殆どである。

 これではオペレーターは、先の章で述べたように、劇場の調整卓を使用することに不安を感じてしまう。莫大なデータを、どう打ち込んだらいいかも分からず、自分の希望を叶えるにはどの機能を利用すればいいのかも分からない。ましてや、劇場に来館してから打ち込みを始めたのでは、とても舞台稽古に間に合わない。

 結局、「それなら使い慣れた調整卓を自分で持って来よう」ということになり、劇場の最新鋭の調整卓は埃をかぶったまま、という実例が数多く報告されている。

「それの何が問題なんだ。今までもそうやってきたし、劇場側は別に使ってくれと頼んでいるわけじゃない。誰も困らないし、いいじゃないか。」という意見も出ている。

 しかし、先に述べた音像定位、音像移動の話を思い出して頂くと、「今まではそれでよくても、これからはそうはいかない」ということがお分かり頂けると思う。

 音像定位、音像移動は劇場の響きと切っても切れない演出効果である。そしてこの2つの演出効果は、今後の演劇、ミュージカル、オペラの公演に非常に重要な役割を果たすことになるものである。

 劇場に常設されるコンピューター制御の調整卓は、この音像定位、音像移動の機能を持つものが今後続々と現われることになる。これらは、個々の劇場の響きに合わせて調整され、さらに納品後、劇場のエンジニアの手で、定期的な調整を行い、実際の公演を想定した効果パターンを作成し、データとして保存し、外来のデザイナーが持ってきた演出プランに合致するものがあればデータから引っぱり出して利用し、なければ新たに作成する、といった運用が成されなければならない。

 ここに至って初めて、劇場の管理技術者は、劇場エンジニアたりうるのである。

 否も応も無く、劇場芸術の時代の流れがそれを要求しているのである。

 それには、現在の劇場、ホールの運営のされ方、館と技術員との契約の問題も絡んでくるが、それは次章で述べるとして、ここまでの話から、エンジニアは、ある意味で、「デザイナーでもありオペレーターでもある」ことが求められるということがお分かり頂けたと思う

5 舞台音響家の立場、所属、運営

 従来は、主にデザイナー、オペレーターは外から来館し、エンジニアは劇場の常駐、というケースが殆どだった。場合によっては、エンジニアも外来からやって来て、劇場には管理人だけ、ということもあった。いわゆる、「貸しホール」形式の運営である。

 しかし今や、公共の劇場、ホールは次のステップを迎えようとしている。それはこの2つの柱である。

1 劇場が企画し、演出家、脚本家、出演者をその自治体内に求め、劇場スタッフの   オペレートによる自主公演

2 自治体内の学校のクラブ活動や市民団体を母体とした劇場利用者を対象とする、   脚本、演出、演技、舞台技術の体験教育と人材の育成

 これに伴い、劇場の管理技術者は劇場常駐の舞台音響家へとその性格を変革する必要がある。

 しかし、従来より、劇場スタッフは委託のスタッフ会社より派遣されるケースが多い。そうすると、契約にも影響を及ぼすことになる。派遣人数、業務内容、決定権の範囲、要求される技能に見合った契約金アップ等、むしろこれは自治体側に理解を求めることの方に時間がかかるだろう。

 自治体の理解が得られないから現状のままでいいのか、現状の運営に問題が感じられないから前例のない変革を行わないのか、これはいつまでたっても「卵が先か鶏が先か」の議論になってしまう。また、人材派遣会社の方も、「少しでも楽して少しでも高い契約金を」という方針でいるところが多く、新たに業務が増えるのを嫌う傾向にある。

 これで次世代の劇場文化活動に対応できる訳がない。

 肝要なのは、現場サイドからの改革である。

 

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