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ミュージカル「森は生きている」公演レポート
「森は生きている」は、マルシャーク原作の、ロシアの昔話のスタイルをとった子供のための物語です。
しかし同時に、大人が見ていてもハッとさせられることが多く、そのため、日本でもさまざまな劇団が公演を行っています。
台詞のいくつかをピックアップしてみましょう。
「一瞬の今を 千秒にも生きて この嬉しさを 胸に刻もう
時間 それはこの世界の あらゆるもののなかにあって
いちばん長くていちばん短く いちばん早くていちばん遅いもの
いくらでも細かく分けられて どんなにでも大きく広がるもの
いちばんぞんざいに扱えて あとからそれが悔やまれるもの」
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「昔からもらっている以上に、森から取ろうとしてはいけない。春のものを冬に手に入れようとするのは一番いけない。」
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如何でしょう。思い当たることが沢山あり、胸に沁みるものがあります。
「時間は、いちばんぞんざいに扱えて、あとからそれが悔やまれるもの。」
ああ、本当にそうだよなぁ、と、稽古場で何度も噛みしめていました。
「昔からもらっている以上に、森から取ろうとしてはいけない。春のものを冬に手に入れようとするのは一番いけない。」
今の日本がまさにこれですね。昔からもらっている以上に、森から取ろうとしてはいけない、というのに、それだけでは飽き足らずに、森を根こそぎ食い尽くしてしまっています。
春のものを冬に手に入れようとするのは一番いけない、と言われて私がすぐに連想するのは、苺です。
私は5月生まれで、昭和30年代には、5月は苺の季節でした。
「お前は苺で生まれて苺で育ったんだよ」と幼少の頃から母にそう言われて育ったんです。
ところが今はどうでしょう。
12月の、クリスマスの、苺の需要の多いシーズンに合わせて苺が大量に出回り、そこから3月くらいまでが、今の苺のシーズンです。いえ、シーズンとは呼べないのでしょう。
大きくて赤く、形が整っていて、甘味の強い、柔らかすぎて歯ごたえのない、本来の苺の味のしない苺ばかりです。
4月の終わりから5月にかけては、最早苺の姿を見ることが少なくなってしまいました。
五年程前からこれを憂いた母は、自宅で苺を作り始めました。
これは正に、昔ながらの苺です。毎年の春の、実家での私の楽しみです。
思うに、「待つ」ことの楽しみを忘れ、待つことを面倒がり、欲しいときに手に入らないことの価値を忘れ、本来の時でないときに手に入れられることを「旬の先取り」と喜ぶあまり、旬そのものを壊してしまったのでしょう。
それをやれば、「本物」がなくなり、「本物」あってこその「コピー」「真似」「先取り」が宙に浮いてしまい、仕方なしに本物の替わりに本物の席に座っているのが、今の日本のあらゆるシーンでの現状でしょう。
こういう、手がける作品に対して、強く共感できるというのは、仕事に対してのモチベーションも高く保つことができ、ひいては良い作品に仕上がり、本当に幸せなことだと思っています。
これは、自分一人が頑張って出来ることではありません。共に仕事を手がける皆さんに、心から感謝をしています。
今回は、林光さんの、オペラ台本をもとに、上演されました。
台詞の殆どが音楽の中で語られる「音楽劇」なので、効果音も、楽器にて表現されるように工夫をしてみました。また、それら効果音も、舞台袖や屋台の後ろにて、生でやれる効果音は極力生でやろう、というのを、今回の公演の、サウンドデザインの柱の一つとしました。
機材提供とオペレータ派遣は、ステージオフィスさんにお願いいたしました。
私がデザインを行う公演は、大半を、このステージオフィスさんにお手伝い頂いております。
卓がなんと3台になってしまいました。本当は、これでは音響ブースが大きくなりすぎて、お客様に本当の意味での為にならないし、ブースは小さいに越したことはないのですが、
「そうはいってもね石丸さん。石丸さんの演出を具現化しようとすると、卓はどうしても3台になってしまう。オペレータも3人必要になる。これは、デジタル化もCPU制御も意味ないんだ。デジタル化してもCPU制御化しても、それが3台必要になって、オペレータが3人必要になるんだよ。貴方の演出の要求って、そういうもんなんだから。これでブースを小さくしろって?勘弁してよ、これが精いっぱいだよ。」
と言われてしまいました。
つまり、ミキサーを、デジタル化、CPU制御化するといっても、それによって、オペレータが減らせる、ということではないということですね。
私の演出上の要求、というのは、いつもその軸に、「オペレータは音を出すのが仕事ではない。音に芝居をさせる、音を通じてオペレータが芝居をするのだ」というのがあります。私の要求は結局、すべてがそこに収斂されているのです。
それを安心して任せられるのがステージオフィスさんなので、いつもお願いするのですが、そのステージオフィスさんがそういうのですから、現在のミキサーのデジタル化、CPU制御化は、演出の具現化という方向には向いてはいない、もしくは、演出の具現化はできない、ということなのでしょう。
写真をclikすると大きな写真になります。
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その3台の卓は、写真の、右から、ワイヤレス卓、マイク卓、効果卓、の順です。
ワイヤレスには16本のワイヤレスマイクが入力されていますが、この卓のオペレータの一番の仕事は、適正にSRすることではなく、歌を全部覚え、役者の芝居や息継ぎの呼吸を体で覚え、その呼吸に合わせて、フェーダーを通じて、お客様に向かって「一緒に歌う」ことです。
マイク卓には、生演奏のバンドに立てたマイクと、舞台上のPCC5枚、バトンから吊ったコンタクトマイク5本が入力されています。
この卓のオペレータの仕事は、必要な音をピックアップしてSRし、適正な音量でお客様にキチンと聴かせることではありません。空間をイメージしてそれを客席に再現し、しかも「SRしていることをお客様に意識させない」ということが重要です。つまりマイク卓のオペレータは、イメージして音で絵が描ける人でないとダメ、ということになります。
効果卓には、再生機器が入力されています。効果卓のオペレータの仕事は、先にも述べた通り、「音に芝居をさせる、音を通じてオペレータが芝居をする」ということです。
それは、生の擬音で効果音を出す人もそうです。雷の音の入った再生機器のボタンを押すのが仕事じゃないよ、ということです。自分が雷になって、落ちてやろうと、あれこれ考えて芝居をしなければ、効果卓のオペレータは出来ません。
これら、3人のオペレータに、それぞれ本番中、ずっと高いテンションで滑空していてもらわねばならないのです。到底それぞれの役割を誰かが兼ねるということは不可能です。集中力が切れてしまいます。
それで結局、3人のオペレータが必要、ということになるのです。
そうすると、私の最大の仕事は、なんでしょう?もうお分かりですね。
そうです。3人分のギャラを払うことを主催者にキチンと認めさせ、不承不承ではなく納得して、ギャラを払って貰うことです。これをしないと、いつまでたっても音響さんのステイタスが上がりません。
本番は2000人収容の客席が、満員の立ち見で、それでも入場できなかった人がロビーに、劇場前に溢れる、という騒ぎになりました。
中身?いうまでもなく、「最高!」です。
林光さんが、あらかじめオペラ用に書かれた曲の数々は、子供を喜ばせ、大人の胸を打ちます。
入場不可能の騒ぎのフォローのためにも、「すばらしかった!もう一度見たい!」というお客様の声にお応えするためにも、追加公演を相談しています。
お見かけの際は、是非おいで下さい。 |